駐在員オオハッカのシンガポール雑記

メーカー系IT企業のシンガポール駐在員。35歳。駐在経験をメインに、キャリア・仕事とプライベートの考え方・ノウハウの共有を目的としています。

「海外駐在員」ってなにしてるの?

 海外駐在員を1つの目標に20代の会社員生活を送っていました。最初の配属先が海外系システムを開発する部署だったこともあり、それまで海外に縁のなかった私は「グローバルに活躍」というなんだかカッコいいフレーズに酔いしれ、気づけば「海外赴任させてほしい」と念仏のようにひたすら上司や人事部との面談で訴え続けていました。

 

 「海外に行けば何かが変わるんだ」と信じ続けた私は、自分でいうのもなんですがそれなりの成果も残してきました。ハードな日程の海外出張をこなし、休日夜間も必要あれば仕事に打ち込みました。そうして気づけば30代になった私はある日上司から呼び出されました。「おめでとう」と言いながらニヤニヤしている上司。「え?」と聞き返すと「前から希望出してただろ?明日9時に人事部長のところへいってこい」とのこと。後日人事部長のもとへいくと、正式にシンガポール駐在の内示発令をもらいました。ついにこの日が来たか、という思い。「全力でがんばります!」と元気に返事をし、胸を張って人事部長の部屋をあとにしました。

 

 その後、内示のことを聞いた周囲からの羨望の眼差し、自分がグローバル人材になれたという誇り・認められたという自負、これまでの苦労が報われたんだという思いも相まって、鼻が高くなっていたのは事実。当たり前ですよね、大量にいる海外赴任希望者の中から私が選ばれんです。ちょっとくらい自慢してもバチはあたらないはず。赴任のためにばたばたと身辺整理をし、201712()に満を持してシンガポールへ赴任しました。

 

※年を越さない内に赴任する人が多いのは住民税が関係しています。住民税は11日に住所が日本国内にあると課税される仕組みなので、1231日までに国外へ住所を移しておけば翌年の住民税がかからないというカラクリ。

 

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晴れて正式に海外駐在員というポジションについた私を待っていたのは地獄でした。

 

・ローカルスタッフの多くは仕事をしたがらない。拒否る。トラブルが起こっても自分は悪くないの一点張り。最後の尻拭いは駐在員。なんでも屋。残業すごい。

 

・日本からの問い合わせ対応で1日が終わる。物理的に距離が離れただけでこれまで付き合いのあった部署の人たちが妙に冷たかったり返信が遅いのはなぜ?

 

・他の駐在員との濃密な関係性。休日も頻繁に会う。日本国内以上の超絶ムラ社会。どれだけバーベキューが好きなんだ?

 

・食べ物が身体に合わない。ずっと腹を下す。体調を崩しやすくなった。仕事中につらくなり早退して病院で点滴を打ったことも。

 

・とにかく暑い。その割に室内は猛烈なクーラーで気温の落差がすごい。なのにローカルスタッフは半袖やノースリーブで平然としている。「なんであなたはそんなに着込んでるの?」と不思議そうな顔で聞いてくる。黙れ。

 

コーヒー片手に優雅に出社、ホワイトボードの前で英語で談笑を交えながらディスカッション、といったキラキラした環境を想像していた私は直面した現実に打ちのめされました。

 

海外で駐在員としてキラキラした生活を夢見ている人たちにはすべてとは言いませんが、こうした現実があることも知ってほしいとおもいます。

 

マイナスな事ばかり書きましたが楽しいこともあります。それはまた次回。

 

*F*I*N*